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zoom RSS 『長崎の旅』

<<   作成日時 : 2009/11/13 20:31   >>

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長崎県は本土の最西端にある県です。
なので、距離的には東京よりも中国の上海(シャンハイ)の方が近いんです。
因みに長崎から東京までの距離は967km、長崎から上海までの距離は860kmです。
最っと言ってしまえば、対馬からだったら韓国の釜山(プサン)までは僅か49.5km。
勿論、僅か49.5kmでもパスポートは必要ですが…。

今回の旅で最初に訪れたのは平和公園。
最初に断わっておきますが、カメラ機能に全く力を注いでいない機種の携帯画像なんで画質が非常に悪いです。
そこんとこは、どうか見逃してやって下さい。

この公園は国道206号線を挟んで西と東に広がるメチャクチャ広い公園です。
西地区は「スポーツのゾーン」「広場のゾーン」と2つのゾーンで構成され、プール・サッカー場・野球場・陸上競技場などが整備されています。
また、東地区は「願いのゾーン」「祈りのゾーン」「学びのゾーン」と平和を祈念する3つのゾーンで構成され、ゾーンの一体性・連続性に配慮された整備が成されています。
画像
平和祈念像。↑
「平和記念像」ぢゃなくて「平和祈念像」です。
そこには長崎市民の平和への願いが込められています。
制作者は長崎県出身の北村西望(きたむらせいぼう)氏で、天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“追悼の意”を表しています。
完成は1955年8月8日。
画像
折鶴の塔。↑
平和祈念像の両脇に同じものが二つ建っています。
塔の中には平和を願う千羽鶴がたくさん吊るされ、塔の天辺には金色の折鶴のモニュメントが据えられています。
完成は1982年10月6日。
その他、園内には世界各国から寄贈された平和を象徴する15個のモニュメントが配置されています。

オランダ坂。↓
オランダ坂の名前の由来は?
当時、長崎の人々はオランダ人に限らず西洋の外国人のことを「オランダさん」と呼んでいました。
なので、西洋の外国人が多く通行したこの坂を「オランダ坂」と呼ぶようになったんです。
さすがに平日の早い時間だったんで全く人がいません。
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眼鏡橋。↓
長さ22m、幅3.65m、川面までの高さは5.46mの石造2連アーチ橋で、川面に映った影が双円形を描き眼鏡のように見えることから眼鏡橋と呼ばれています。
敢えて眼鏡橋の画は載せません。
その理由は橋よりもハート・マークの石に感動したから…。
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崇福寺。↓
長崎三福寺っていえば興福寺・崇福寺・福済寺です。
九州には国宝建造物が5軒あるんですが、その内の3軒は長崎市にあります。
そして、その3軒の内の2軒がこの崇福寺にあるんです。
因みにそれは「第一峰門」と「大雄宝殿」なんですが、下の画は海の女神を祀った媽姐堂で国宝建造物ぢゃありません。
画像
出島。↓
水辺の森公園・女神大橋・美術館など、長崎の新名所となった長崎港周辺。
その一画は複合商業施設である出島ワーフの出現によって更に魅力的なものとなりました。
下の画は出島ワーフから見渡す長崎港です。
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長崎皿うどん。↓
皿うどんは長崎の庶民の味として長崎を代表する名物のひとつとなっています。
材料はチャンポンと全く同じですが、やや甘めのスープに片栗粉でトロみを付けてパリパリの揚げ麺の上にかけたものです。
お昼は本場の皿うどんを初体験。
なるほど、庶民の味がしました。
画像
西海パールシーリゾート。
最終日は佐世保バーガーを求めて佐世保まで北上しました。
ここは西海国立公園(南九十九島)を巡る観光船の発着所であり、ヨットやシーカヤックなどのマリンスポーツも体験出来ます。
南九十九島には208個もの島々が浮かぶんですが、観光船はその緑の島々の間を縫うようにして進路をとります。
また、今年の夏には水族館(海きらら)もオープンしたばっかり。
屋外型水槽やクラゲ専用のドームなど、豊かな自然と様々な生き物たちを紹介しています。

今回は2泊3日。
時間が足りなくて廻りきれない。
やっぱ、1週間くらいないと自分の思ったとおりには動けませんね。

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内 容 ニックネーム/日時
12年前の夏休みの頃に当時中学1年生だった僕と弟とおじさん(7年前に亡くなった母の兄)とおじさんの息子さんの4人で、母の故郷である長崎の島原半島へ1週間訪れたのを思い出しました
自分が当時電車が好きだったのをおじさんが悟ってか、博多までのぞみに乗って、博多から諫早までかもめに乗って、そして諫早から島原半島まではバスに乗ると言う交通機関でした
一番印象で感動だったのが帰りののぞみでグリーン車の座席に座ったことで、グリーン車の座席に座らせるなんて、もう太っ腹って言うしかなかったですね
両親が付いて来なかったのが不安でしたけれど、海とかで遊べてとても楽しかったですね
かっくんと黒弾丸
2009/11/14 21:50
かっくんと黒弾丸さん
自分の叔父が長崎の人なんで、小学生の頃に始めて九州へ行きました。
当時は川崎から宮崎までカーフェリーが出ていて、メチャクチャ大きな船でしたがスッゲェ揺れたのを思い出します。
何と宮崎まで25時間も掛かるんですよ。
現在その便はないそうです。

宮崎→鹿児島→長崎→福岡→佐賀と九州一周しました。
小学生も低学年の頃だったんで殆どの記憶が薄れてしまってますが、カブト虫やクワガタが信じられない位に捕れたのは鮮明に覚えています。

大人になった今、じっくり時間を掛けて旅がしたいです。
せめて一週間あれば…。
なんて思ってます。

時間に追われ慌ただしい毎日を送っているんで余計そう思うんでしょうね。
chiba-kamome
2009/11/23 16:23

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